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10/23水12:00〜13:00
熊野古道をご存知だろうか?
紀伊半島にある熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)へと通じる参詣道で、道は三重県、奈良県、和歌山県、大阪府に跨る。2004年に世界遺産に認定された。
一時は1,000人ほどしか観光客がいなかったのだが、外国人観光客が爆発的に増え3500%増加という驚異的な数値を叩き出している。
しかも、一度訪れた観光客は、みんな熊野古道の大ファンになるから驚きだ。
熊野古道の全長はなんと600キロを超える。そのうち世界遺産に登録されたのは約200キロ。比較的有名なモデルコースとしては、滝尻王子から熊野本宮大社まで、1泊2日で歩くのだがその距離約38キロ。気軽に散策できる道ではない。だから、たくさん歩ける人を集客しなければファンにはなってもらえないのだ。そのためマーケティングの難易度はグッと上がる。
その成功の裏を読み解くと、ターゲット選定、Webサイトやガイドブックなど完璧なほどのコンテンツマーケティングがそこにある。ぜひ参考にしてほしい。
目次
熊野古道は、ターゲット層の観光客数増加を実現するための活動を行なった。
その結果、7年後には3500%伸長と驚くべき数値を叩き出したのだ。
(2011年に1,217人→2018年には43,824人)※熊野古道のある和歌山県田辺市の外国人宿泊者数
この背景を探っていくと、
・良質な商品、サービス
・良質なコンテンツ
・徹底的なターゲット視点
これら全てが兼ね備わっており、一連の取り組みはまさにコンテンツマーケティングの成功例と言える。
オフラインとオンラインを融合させた素晴らしいコンテンツマーケティング事例なので、その内容を解説していこう。
熊野古道は、紀伊半島にある熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)へと通じる参詣道。その昔、平安時代の皇族貴族も仏の救いを信じ歩んだという日本の精神文化が根付く歴史ある場所として知られている。
今も自由に散策できる場所であるが、単なる「ハイキングができる場所」とは違う。
いくつか巡礼ルートがあるが、中辺路(なかへち)と呼ばれる和歌山県田辺市(滝尻)から熊野本宮大社まで続く山道は約38kmあり、二、三日かけて散策する必要がある。
緑が生い茂る街道の途中には神社が点在し、神秘的な雰囲気の中で歩みを進めることができる。
1000年以上の歴史を持つ「日本の巡礼文化」を「実際に体験できる」場所は他にない、と海外からのリピーター客も多い。
左:プロモーション事業部長(国際観光推進員)のブラッド・トウルさん
右:事務局次長の坪井 伸仁さん
“一過性の人気観光地となってしまいそうだった”
と話すのは一般社団法人 田辺市熊野ツーリズムビューロー(以下、「ビューロー」) 事務局次長の坪井さん。
熊野古道が世界遺産として登録されてから、1日100台もの観光バスで連日ツアー客がたくさん訪れるようになった。しかし、そのほとんどが30分ほどの短い滞在時間で、それでは熊野の魅力を伝えきれなかった。
じっくり歩いてこそ熊野古道の魅力がわかる。
ツアーで訪れて、30分ちらっと見ただけでは単なる山道としか目に映らない。リピーターは特に増えなかった。
さらに、山歩きに必要な装備をちゃんと身につけない観光客に道が荒らされてしまうことも多く、「もっとよく熊野を知ってもらえれば、もっと良さがわかるのに」と受け入れ側としても大きなストレスを抱えていた。
派手なプロモーションやツアー客の来訪に頼るのではなく、熊野古道を本当に好きになってくれる人に来てもらうこと。それが最も大切だと気が付いた。
好きになってもらうためには、熊野古道の長い道を実際に苦労して歩き、熊野の魅力を全身にたっぷりと深く体験してもらう。そういう体験がしたい観光客を集客する必要があった。
そのためにどうすればいいか。一から施策を練り直すことにした。
アクションは以下の流れで進めていった。ターゲットを改めて明確にして、サービスとコンテンツを整備することだ。
まず行なったのはターゲット選定。
“熊野の良さを理解しファンになってくれる人に来てほしい”
ここに重点を置き、「日本の文化を感じたい」「自分で体験したい」と目的意識を持って旅する人たちをターゲットにしようと、欧米豪の個人旅行客(FIT: Foreign Individual Tourist)をターゲットに絞った。
個人客は、一気に大量の観光客を連れてくるツアー客と比べて得られる売上は少ない。
それでも、本当に熊野のファン・リピーターになってくれる人を増やした方が、持続的な訪問客流入も現場の環境保全も叶えられると考えたのだ。
当初は「個人客なんて数字にならない!」と市や県から猛反対を受けたが、何度も議論を重ね説得していった。
そして注目すべきは、あえて観光客数の数値目標を決めなかったこと。
数値を決めてしまうと、どうしても効率を求めてしまいサービスの質が低下すると考えたからだ。本当に熊野古道のファンを増やすという目的を徹底していることが伺える。
ターゲットを欧米豪の個人客としたものの、田辺市はそれまで全く外国人受け入れをしたことのない土地。外国人目線が不足していると考えた。
そこで、熊野古道をほとんど踏破した熊野古道ファンのブラッド・トウルさんに白羽の矢が立った。
プロモーション事業部長(国際観光推進員)のブラッド・トウルさん
「熊野古道は唯一無二の場所。外国人にとっては魅力がいっぱい」とトウルさんは言う。
「大自然の中で山歩きができる、というところは世界中にごまんとある。しかし、神社が点在し、1000年以上の日本の歴史を実際に歩きながら感じられるという場所は熊野古道だけ。」
この熊野古道の魅力をしっかり海外に発信できれば、絶対に観光客が増えると信じていた。
熊野古道そのものの魅力は十分なものだったが、ターゲットに「何日も滞在してもらう」には環境が整っていなかった。トウルさん目線で一つ一つ変えていった。
トウルさんが最も困難と感じたのが、現地の受け入れ態勢の整備だ。
どんなにトウルさんが一生懸命「熊野古道には魅力がある。これから外国人観光客がたくさん来ますよ!」と現地の人たちに呼びかけても、最初は周囲は「来るはずないよ」と冷ややかだった。
例えば、外国人観光客にも現地の飲食店を楽しんでもらえるように、居酒屋の英語メニューや、道を聞かれた時に答えられるエリアマップの拡散を進めた。
しかし、それまでほとんど外国人などいない土地。
生まれて初めて会った外国人がトウルさんだという人も少なくなかったという。
“新しい挑戦には意識改革が最も重要で最も難しいー”
どんなに無料でこちらで作りますよ、と言っても「そんなのいらない」と断るお店さえあった。
トウルさんは、数あるお店に何度も足を運び信頼関係を構築。「一緒にやろう!」という雰囲気を作り上げることで、徐々に広めていったのだ。
現地の人たちの意識改革と同時に進めていったのが、環境・インフラの整備だ。
特に対策が必要だったのは、英訳の統一だった。同じものをさすのに英語がバラバラなものが多かった。
例えば、当初「熊野本宮大社」の英訳が19通りもあり、外国人にしてみれば19もの本宮大社があるのかと困惑してしまう。
今後のプロモーションを考えても、表記やデザインに統一性がある方が強いメッセージ性を伝えることができると考え、一つ一つ統一していった。
看板表記も決めた表記に統一するため、シールなどを貼って表記を変えていった。
さらに、案内看板や展示物といった全ての看板に英語を併記していった。
日本語だけでも手元のガイドブックと見比べてなんとかすることもできるが、見慣れた母国語の文字があれば、観光客は安心するからだ。
ターゲットがいざ熊野古道に来ようとした時、どう旅程を組む?どう宿泊先を確保する?といったことまでサポートしたいという課題があった。
熊野古道には小さな宿が多く、英語対応もオンライン対応もしていないところばかりだったからだ。
そこで旅行会社をいくつも回りサポートを頼んだ。しかし、結果はダメ。「英語が喋れない」「ノウハウがない」など消極的な声ばかり。全く受け入れてもらえなかった。
ハワイなどの海外旅行商品(発地型)は取り扱っているが、地元に外国人を受け入れる着地型ができるところはなかったのだ。
さらに個人旅行客相手だと人件費や手数料でほとんど儲けがでないこともあいまって、賛同してくれるところは1つもなかった。
必然的に、自分たちで着地型旅行会社「熊野トラベル」を設立することとなった。
これが本当に手間がかかり大変で、「とりあえず自分たちでやってみよう」と始めたことを後悔したほどだったという。利益も出ず、赤字の状態も長かったという。
単に収益を目指す旅行会社にしたいなら、続けることは絶対にできなかっただろう。
目先のビジネスではなく、熊野古道の本当のファンを増やすことを目指すビューローであるからこそできた。今では、その必要性は高まり、荷物を宿泊先まで届けるサービスやアウトドア用品の販売なども幅広く行なっている。
その他にも多くの環境整備を行なっていった。
・バス時刻表の作成
熊野古道までのバスは4つの会社が運行しているが、それぞれに独自のバス停や時刻表がありバラバラだった。日本人でさえ複数のバスを照らし合わせるのは大変なのだから、外国人はもっと大変だ。4つのバス時刻表を一つにまとめ、英語を併記した。
・広域マップの作成
熊野古道は和歌山県、三重県、奈良県にまたがっており、熊野古道を楽しむには田辺市のマップだけでは不十分だったため、県をまたいだ広域マップを作成した。
・外国人観光客受け入れワークショップの開催
宿泊施設や観光案内所を中心に、のべ60回のワークショップを行った。
これは英語を学ぶワークショップではなく、「英語が喋れなくても外国人を受け入れられる」という考えのもと、参加者が自分自身で考えるような内容だ。
アウトプットは例えば、指差しツールの作成だ。
宿泊施設であれば、「朝食は8時です」「チェックアウトは10時です」というような、よく使うフレーズを1枚の紙にまとめておけば、指をさすだけでコミュニケーションがとれる。宿ごとに内容が変わるので、それぞれ一緒になって作成していった。
熊野古道の環境が整った後は、トウルさん目線で様々なコンテンツを発信していった。
多くの旅行者がWebで旅行先を探していることから、Webサイトを外国人向けに作り込んだ。こちらも単なる英訳ではなく、外国人目線でコンテンツが並んでいる。
「kumano」と検索するとビューローのサイトが検索上位に出てくる。サイトを見ても、しっかり作り込まれている。
実際に外国人観光客からは、「ビューローのWebサイトはとてもわかりやすくて役に立った」という声を多くもらうという。
初めて熊野古道や日本に来るという人にも役立つ内容を目指しガイドブックを作った。
単なる日本語の直訳ではなく、外国人向けに内容を噛み砕いて詳しく説明している。
抜粋版がWebで無料で見られるが、分厚い完全版は日本へ来る前に取り寄せることもできる。
驚くのは熊野の精神文化に興味を持った外国人は、このガイドブックを隅から隅まで読んでから熊野に来るという。
かなり完成度は高いが、デザインも全てブラッドさんオリジナルというのが驚きだ。
熊野古道の歩き方だけでなく、なぜ熊野古道ができたのか、日本の精神文化とはどんなものかなど歴史を紐解いた上で詳しく説明されている。
日本人でも知らないような内容も多く、とても勉強になった。熊野古道を愛するトウルさんだからこそ作れたのだなと感じる内容だ。
熊野古道を歩く際に役に立つ音声ガイドをWebで無料配布している。
各所の説明を聞くことができ、全て合わせると3時間近くにもなるコンテンツだ。
観光客は事前にダウンロードし自分のデバイスで再生することもできるし、現地で音声ガイド機を無料で借りることもできる。素晴しい!
観光戦略の中でも最も成功したうちの一つが、スペインのサンティアゴ巡礼道との共同プロモーションだ。サンティアゴ巡礼道は、年間40万人が訪れる世界的に有名なカトリックの巡礼道だ。
両者のターゲットが非常に似ていることから提携を結び、新たに開発したのが「共通巡礼手帳」である。これがまた素晴らしい!
巡礼しながらスタンプを集めるもので、熊野古道・サンティアゴの両方を踏破した人には、なんと記念品が贈られる。特製のピンバッチと、地元のおとなし和紙を使った表彰状、そしてWebサイトに名前と写真が掲載される。
これが、ターゲット観光客である巡礼道を歩くアクティブ層に評判で、お金では買えない大きな価値となっている。実際に共通巡礼手帳ができてから、巡礼達成者は2年で1,000人、3年が経った今は2,200人と伸び率もすさまじい。
“共通巡礼手帳は3年かけてでも絶対に実現したかったー”
“サンティアゴというすでに大きいマーケットに介入すれば、一気に世界にアプローチできる。まさに私たちがほしい層に深く入り込み、「サンティアゴの日本版があるのか。次はここを歩き切る!」と熊野を知ってもらえるチャンス。絶対に実現したかったー”
しかし、共通巡礼手帳を開発するには3年の月日を要した。
なぜなら熊野古道は仏教を基礎とした場所で、サンティアゴはカトリックの巡礼道。宗教がまるで違うのだ。
だからこそ両者公式の手帳にすることに価値があるとブラッドさんは考えた。
年間4回サンティアゴを訪問し、時には熊野の宮司も連れていった。トップ同士を結びつけ、徐々に信頼関係を構築していった。信頼関係ができたころに手帳の企画を提案。実現まで何とかこぎつけた。
この協定が実現されたことで着実にターゲット層の訪問が増えている。
また、この協定を受けて、熊野本宮大社は漫画家の荒木飛呂彦先生デザインで熊野古道とサンティアゴ共同のお守りを制作した。
“まさに来てほしいと理想を描いていた「熊野古道のファンになってくれるアクティブ層」が確実に増えています”
さらに最近は、大阪や京都などの近隣都市に旅行に来た外国人観光客が熊野に立ち寄ることが増えているという。日本にいる外国人から「熊野古道はすばらしい」という口コミを聞いて急遽旅程に組み込んでいるのだ。
しかし、様々なルートから熊野古道に訪れる人々が増えるに従い、交通ルートや宿泊環境の整備など随時アップデートしていく必要がある。
“熊野古道へ続くルートを毎年1つずつ広げていこうとしています。今は伊勢路(三重県)へ伸ばす計画中。ルートマップやガイドブックを製作中です。熊野をもっと訪れやすい場所にしたいですね。”
ターゲットユーザーの満足のために、終わりのないコンテンツの制作はコツコツと着実に続いていくのだ。
ビューローの取り組みを一つ一つ紐解いていくと、非常によくできたコンテンツマーケティングの成功例だと言える。ターゲットとコンセプトを決め、環境整備と必要なコンテンツ作り。ほとんど全て私たちと同じアプローチだ。
熊野のマーケティングの成功には、熊野に対する熱い想いがあった。そして、Webに捉われず、リアルな世界でも多くの人や組織を巻き込み施策を実行しているところは、ユーザー目線を追求していることの表れだと感じる。
ターゲットのニーズを深掘りして、本当に必要なことをやっていく。
これこそが真のコンテンツマーケティングではないだろうか。