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11/27水19:00〜20:00
ダイエットや勉強など、新しい習慣を身につけたい人の習慣化に向けてのチャレンジをサポートするアプリ「みんチャレ」の開発・運用を行っているエーテンラボ株式会社。ユーザーの潜在的なニーズにアプローチすることで独自のマーケティング展開を行っています。これまでのマーケティング施策の遍歴を代表取締役CEOの長坂剛様にインタビューしました。アプリ開発を手掛けるSaaS企業のマーケティングの成功事例としてご参考にしてみてください。
目次
–本日はよろしくお願いします。早速ですが、御社の成り立ちについて教えて頂けますでしょうか。
当社は「みんチャレ」という習慣化アプリの開発・運用を行っています。私はもともと、Sonyでプレイステーションの仕事をしていたのですが、社内で新規事業を育成するプログラムがあり、みんチャレがその新規事業に採択されました。アプリ開発に専念したいと考え、「テクノロジーでみんなを幸せにしたい」という理念のもと、独立し起業しました。
–みんチャレというアプリについて、もう少しご説明をお願いします。
みんチャレとは行動変容と習慣化のためのアプリです。人は、自分の意志だけで習慣を身につけるのは難しいです。
習慣化に大きく影響するのは「環境」です。環境に影響されて、人の習慣は変わっていきます。みんチャレでは、同じ目的を持った5人が集まって、お互いに励まし合うことのできる環境を作っています。例えば「1日1万歩歩くことを習慣化したい」という人が5人集まって、「今日もできました!」とお互いにチャットで報告し合い、励まし合い、褒め合うことで、1万歩歩くことを習慣化させていくのです。こういった仲間同士の支え合いのことを「ピアサポート」というのですが、このピアサポートがアプリのコンセプトになっています。
本アプリはエンゲージメント(継続利用)が高いことが特徴に挙げられます。毎日、使われている率が非常に高く、国内外のトップクラスのヘルスケアアプリと比べても約5倍も高いエンゲージメントがあります。その要因は5人1組で行うピアサポートにあるのです。
–ありがとうございます。それでは、ここからアプリのマーケティング戦略の変遷についてお話をお聞かせ頂けますでしょうか。
みんチャレのマーケティング活動について、私たちの活動は大きく分けて以下の3つの時期に分かれます。
フェーズ1:ローンチ期(2015年11月~2018年8月)
フェーズ2:プレミアム提供開始期(2018年9月~2020年3月)
フェーズ3:コロナ禍期(2020年4月~現在)
それぞれの時期の活動に関して説明していきます。
みんチャレは、2015年11月にリリースしたのですが、初期は意図的に「マーケティングには注力しない」と決め、商品開発に努め初期のユーザー体験をどれだけ良くできるかという点に注力していました。
サービスというのは愛してくれて、ずっと使い続けてくれるユーザーがいないと意味がなく、どれだけ、新しい人が入ってきても、使い続けてくれないと穴の空いたバケツのようで意味がない。
だからこそ、誰がどんな価値をこのサービスに感じてくれているのか、長く使ってもらうためにどんな価値を作らないといけないかを考えて、初期は「価値を作る」という点に注力していました。
当時の組織も私以外はエンジニアしかおらず、まさに「価値を創出する」ということだけにフォーカスした組織でしたね。
–価値を創出するにあたって、どのようなプロセスでお客さんの声を聞いたりフィードバックを得たりしていたのでしょうか。
とても熱心に使っていただいていたコアなユーザーがいましたので、できるだけ直接お話を聞くようにしていました。
例えば、ユーザーとアプリ開発陣の接点を設けるために、「ユーザーミートアップ」という企画を行い、ユーザーに来社いただき、直接話を聞く機会を設けました。ユーザーから「アプリにハマった理由」や「アプリの楽しいところ」、または「もっとこうなればいいのに」といったリアルな声を聞き、それを製品に反映していきました。
重要視していたのは、要望そのものではなく、要望が出てきた背景を探ることです。
ユーザーから直接的な機能の要望を頂くことも多かったのですが、要望をそのまま実装することは少なかったです。それよりも「その要望がでてきた背景はなんなのか」「ならば、ユーザーにとって重要な機能は別にあるのではないか」といったように、ニーズの深堀り、探索を行い、その設計を自分たちで設計を考えて、アプリに実装するという形で取り組んでいました。
–要望が直接実装されることは少ないとのことですが、意見を伝えてくれたユーザーにはどのようにコミュニケーションを取られていたのでしょうか。
要望を伝えてくれたユーザーには「要望のままではないけど、頂いた要望をきっかけに改善を行いました。」ということを直接お返事するようにしていました。
初期からユーザーとの対話を非常に重視していたので、例えばアプリストアのレビューには当時から全件必ず返信していました。また、ただ返信するだけでなく、アプリのアップデートがあった場合には追加の返信を行い「アップデートで改善したのでぜひ使ってみてください」といったことも伝えるなど、ユーザーとのコミュニケーションは当時から大事にし続けています。
–アプリストアでの評価や各メディアへの掲載について、初期から多く反響を得られた経緯や背景を教えて頂けますでしょうか。
初期からマーケティングには注力せず、コアユーザーとのコミュニケーションやサービス開発だけに注力したのが大きかったです。初期のユーザー体験の向上に注力したことで多くのユーザーから「これは本当にいいものだぞ」と評価をしていただき、アプリストアのレビューも4.7点と非常に良い点数を得ることができました。特にエンゲージメントが非常に高いということをApp StoreやGoogle Playから評価いただき、そこからApp StoreやGoogle Playでフィーチャーされることで露出が増え、Google Playベストアプリを3度受賞するなどして、反響が増えていきましたね。
–マーケティングを意識するようになったのはいつ頃からですか。
ローンチから半年くらいで、ある程度バグフィックスも進んでユーザー数も増えてきたタイミングで「このユーザーたちはどこにいるのだろう」「どうすればユーザーを増やせるかな」と意識はし始めましたね。
だからといって「ユーザーを増やすために広告費をかけよう」とはならず、この時点では「広告にお金をかけるならもっとアプリを良くしたい」と思っていました。そういう意味では当時のマーケティングは本当に手探りでしたね。
例えば、名刺サイズのアプリの紹介カードを作って、名刺交換の際にカードを渡すことから初めて、みんチャレのシールを作ってSony社員全員に送りつけるなんてこともしてました(笑)
あとは、みんチャレにお絵かきユーザーがいる、ということを知って社員全員でコミケの会場に行って直接チラシ配りをしたり、とにかくお金のかからない範囲で自分たちのできる範囲のことを地道に行っていました。
ただ、これらの活動に大きな反響があったわけではなく、多少Twitterでツイートされたりする程度でしたね。
–-プレミアム提供開始時期のマーケティングについてお話をお伺いできますでしょうか。
2018年9月より、月額500円の有料のプレミアムプランをスタートさせ、みんチャレのマネタイズを始めました。
それ以前のマーケティング活動としては、お伝えした通り積極的に予算を投下していたわけではなく、あすけんさんや、WEBGYMさんなど他社アプリとのコラボ企画くらいのものでした。大きくユーザーが伸びたのはGoogleストアで評価され始めたタイミングで、そこから口コミとユーザー数が増えたことでマネタイズとしてプレミアム機能の実装を行いました。
–-プレミアム提供開始のタイミングについては初期の計画通りだったということでしょうか
計画通りというわけではなく、「ユーザーの習慣化を達成する」というサービスとしてユーザーへの提供価値を作り切る、という部分についてある程度納得できるラインまできたことでマネタイズを行いました。
–ここから本格的にマーケティング活動を進めていくと思うのですが、その際の課題や戦略について教えてください。
ユーザーを増やすためにお金を使っていく、となった時に予算をどれだけ使うことができるかを算出する必要があり、ユーザーの課金率(プレミアム会員率)や課金いただいたユーザーの継続率(LTV)がどれくらいないのかを計測し、その数値を参考にして予算を策定するということからはじめました。
マーケティング施策としては、GoogleのアプリキャンペーンやApp StoreのApple Search Adsといった運用型広告を始めました。その他にもTwitter広告やFaceBook広告などを行いました。いずれにしても初めてのことなので、いろいろな広告を少額ずつ試して反応を見ながら運用していきましたね。
結果として、広告展開で大きくユーザー獲得につながったものはありませんでした。ところが、この時期に著名人の方がみんチャレユーザーになり、ご自身の書籍やブログで紹介し、それが起爆剤となってユーザー数が爆発的に拡大するという現象が起きたのです。
評論家の勝間和代さんがメルマガや書籍、YouTubeで。漫画「ドラゴン桜」の作者の三田紀房さんはご自身の漫画で紹介してくださいました。広告とは異なる、本当に使っていただいている方からの情報発信により、良質なユーザー(プレミア会員で継続率が高い)を獲得できるようになりました。
また、この時期に広報的活動として日経WOMANさんや美的さんなど、メディアに取り上げられるなどした時にも大きくユーザー数が伸びるということが起きましたね。
ただ、著名人からの口コミや媒体への掲載などは結果として起こることであって、自分たちでユーザーの増加をコントロールできないことが当時の課題でした。
–当時のご経験を通じて、このフェーズにおいて同じようなアプリ開発者にアドバイスを伝えるとしたら何を伝えますか?
マネタイズはもう少し早い段階で行ってもいいかもしれない、ということですね。
実はマネタイズを行ったことによって、みんチャレを使う「コアユーザー」の発見に繋がっています。コアユーザーというのはアプリに「お金を払ってでも、長くアプリを使い続けたい」というユーザーのことです。
当初はダイエットや資格試験の勉強などを習慣化するために使う方が想定していたコアユーザーだったのですが、実はこの方たちは目標を達成するとアプリを使うのをやめてしまうということがわかりました。
ところが、ヘルスケア用途や生活習慣病の改善や維持を考えるユーザーは途中で辞めずに、長く使い続けてくれるということがわかったのです。
–コロナ禍が起きた中でニーズが高まり、そこからアプリが伸びていったと聞いていますが、その際の市場の流れやアクションについて教えて頂けますでしょうか。
これまでの展開を通して、みんチャレはヘルケアニーズが高いことが分かっていましたので、ヘルケアユースを想定したアプリへとピボット(方向展開)しました。そして、ヘルスケア機能が充実してきた頃にコロナ禍へと突入することになったのです。
コロナ禍においては、社会全般に健康への意識の高まりが見られました。これがユーザー獲得の追い風となりました。また、ソーシャルディスタンスが叫ばれ、コミュニケーションも希薄になり、人は孤独を感じるようになっていました。
みんチャレは「人が励まし合う」ピアサポートがコンセプトとなっているため、この点においても社会的なニーズとうまく合致しました。
この時期は、ユーザー獲得のチャンスとみて、アクセルの踏みどころと判断し、いろいろな広告手法を試みました。運用型のGoogle Appキャンペーンは引き続き行い、あらたに、アフィリエイト広告、テレビCM、薬局でのチラシ配布、自治体からのチラシ配布など、さまざまな手法を展開しました。
しかし、どの施策も成果には結びつきませんでした。お金をかけたほどには、ユーザーは増えなかったのです。みんチャレの価値は、やはり広告やチラシ誌面、そして15秒の動画では伝わらないことを再確認しました。
ユーザー獲得には、「習慣化」という潜在ニーズにアプローチするストーリーが必要になると改めて実感しました。勝間さんがメルマガなどで紹介してくれたようなストーリーのあるコンテンツをどうしたら作成できるのかを模索し、ルーシーさんが展開するオウンドメディアによるコンテンツマーケティングに辿り着ました。
今まで各種施策を行ってきましたが、どれも期待していたほどの結果が出ませんでした。ところが、オウンドメディアによるコンテンツマーケティングでは立ち上げからすぐに成果を実感することができました。
コンテンツマーケティングの本格リリースは2021年11月からで、12月には既に大きな流入があり、これはいけるぞ、となりましたね。そこで当初は月に10記事のリリース予定でしたが、もっと力を入れようと、1月には20記事に増やしました。結果的に6ヶ月後には、110万PVにまで伸ばすことができました。
オウンドメディアを通じて、特に大きく伸びたのはNHKの「あさイチ」で特集が組まれたことでした。
実はわたしたちが書いた記事をきっかけに、習慣化に関する取材の依頼を頂いたのですが、当初は番組に出すかわからない、という程度の取材でした。ただ、実際に取材を受けた際にオウンドメディアの制作を通じてアプリの良さや「習慣化」についてより高いレベルで言語化が進んでいたのでディレクターの方に多くの情報を伝えることができた結果、特集を組みたいという話になったのです。
結果的にあさイチで40分の特集を組んで頂き、1日で1ヶ月分のユーザーの獲得に成功しました。実はこの時、アプリ名を出すことはできなかったのですが「習慣化」や「習慣化アプリ」といったKWで1位表示していたので、テレビを見て検索したユーザーも漏らすことなく獲得できたことが非常に大きかったですね。
–他の施策と比べてコンテンツマーケティングでの成果はどう受け止めましたか
他の施策も全く成果がなかったというわけではないのですが、オウンドメディアによるコンテンツマーケティングで強く感じたのはユーザーの数はもちろんですが、特に実感したのがユーザーの質が良いということでした。
コンテンツを通じてみんチャレをダウンロードするだけあって、オンボーディングを突破する率やその後チームに参加する率、プレミアムに加入してくれる率も明らかに他の施策よりも高いことがわかりました。
–同じようなアプリやSAASサービス開発者に対してこのマーケティング活動をどう評価しますか
ユーザーの事前の期待値を製品の内容と近づけることができる、という点が重要だと思いますね。
例えば、みんチャレというアプリは伸びてるとはいえ、まだ100万ユーザー程度で世間一般の認知がそれほど高いという状態ではありません。
そんなみんチャレをどう使うのか、という部分に対して体験談コンテンツなどを通じて、ユーザーにサービスの疑似体験を提供することができます。
この疑似体験によってユーザーの事前の期待値を製品と近づけることができるという点が良いマーケティングなのではないかと考えています。
–経営視点で重視されていた数値や指標などあれば教えて頂けますか。
リリースから現在に至るまで、経営的な視点で重要視してきた指標は3つありました。1つ目は「レビューの質」。レビュー数よりも質の方を気にしています。ユーザーレビューはローンチ当初より一貫してチェックしており、サービスの価値向上には重要な情報だと考えています。どんなことが書かれているか、また、星5つが満点の場合、ちゃんと星5つに近い数字になっているかなどを確認し、マーケティング活動や製品開発へとフィードバックしてきました。
2つ目は「継続率(LTV)」です。アプリの本質的な価値は継続率に表れます。みんチャレは習慣化アプリなので、その価値が高くなればなるほど継続率が上がり、高い顧客満足を実現していることになります。私たちの製品がユーザーに満足を与えているかどうか、常に継続率を確認しながら、製品開発を進めました。
3つ目は「CPA」です。アプリの1ダウンロードにいくらかかるのか。ユーザーのマネタイズにいくらかかるのか。そして、CPAに対して各マーケティング施策の費用は妥当かどうか。とても重要視しています。お金をかけて行った施策が結果を出したかどうか、常に評価しながらマーケティング施策を展開していきました。
–マーケティング活動において、これはやらないと決めていたことはなんでしょうか。
広告展開においては「悪いことはしない」と決めていました。
アプリのマーケティングにはいろいろハックがあり、「悪いこと(本来の製品価値とは異なることで多く人たちをひきつけ、ユーザーを獲得すること)」をしている人たちがいます。一時的に良い数字が出ても良いユーザーは集まりません。
そして、良いユーザーを集めていかないと、サービス全体の価値は落ちてしまいます。もので釣るとか、本来の趣旨とは異なる動きで露出を稼ぐとか、そういったことはやらないと決めていたので、「プレゼントキャンペーン」「リワード広告」「イベント」「ASO業者のサクラレビュー」などは行いませんでした。
私たちは「世界を変えたい」と考えていますので、アプリに対しては真摯でいたいですし、ユーザーに対しても真摯でいたいです。本当にいいものをつくりたいと考えています。
–今現在、アプリマーケティングを行っている方やこれから行いたい方にマーケティング視点で伝えるとしたら何を伝えたいですか
現在アプリ開発を行っている企業の皆さまへマーケティング展開についてアドバイスするなら、「いろいろな施策を少額で試すことからスタートする」ことをお勧めします。
自分たちのアプリにどのような広告があっているかどうか、試してみないと分からない部分が多くあります。頭から決めつけて行うのではなく、いろいろな施策を展開して、効果をみながら運用していくのがよいと思います。そういった意味でも、GoogleのアプリキャンペーンやApp StoreのApple Search Adsは少額でも運用できるので、やって損はないと思います。
これまでのマーケティング施策を通じて、GoogleのアプリキャンペーンやApp StoreのApple Search Adsといった運用型広告は、運用状況を確認しながら予算の上限も設定できるので、やりやすかったです。
それ以外の広告展開はみんチャレには向いていなかったようです。広告を試そうにもお金がかかりましたし、その結果も不明でした。しかも、その施策をよくするためにPDCAを回そうとしても、回すためのコストがかかりすぎました。小回りが効かず、アプリのスピード感で展開するには難しいものが多かったです。
–最後に今後の展開について教えてください
今後の展開としては、アプリの製品価値を高めることは継続的に行っていきます。これまでに1,000回以上バージョンアップしていますし、今後もその努力は継続的に行っていきます。アプリは100万ユーザーを実現していますが、ユーザーからは「こういった機能がほしい!」といった要望がたくさん来ています。習慣化に効果があるのかどうか実装しないと分からない部分がありますので、1つずつテストをして、よりよいものをつくっていきたいです。
BtoBユーザーの拡大も今後のテーマになっています。BtoBのビジネスも開始しており、企業の健康経営として従業員の生活習慣の改善に活用していただけるよう、製品の最適化を今後も続けていきます。
あらたな方向性としては、みんチャレは習慣化のための「続ける行動変容」がテーマでしたが、その前の「始める行動変容」に関するサービスの開発を検討しています。例えば禁煙事業など今まで参加率が少ないという問題がありました。効果がある禁煙ソリューションを提供するだけでなく、従業員が参加したくなる仕組みを提供し高い参加率×高い成功率で効果の最大化を目指します。「行動変容」の前後をセットしたソリューションを社会に提供して、多くの方の習慣化のお手伝いをして、世界を変えていきたいと思います。